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東京高等裁判所 昭和53年(ネ)2726号 判決 1981年2月25日

控訴人

三浦信用金庫

右代表者

小澤金作

右訴訟代理人

石川勲蔵

被控訴人

株式会社梅本商行

右代表者

梅本太郎

右訴訟代理人

和泉久

秦康雄

主文

原判決を取消し、被控訴人の主位的請求を棄却する。

被控訴人の予備的請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一主位的請求原因事実はすべて当事者間に争いがない。

二そこで控訴人の相殺の抗弁について検討する。

<証拠>を総合すると、「控訴人は、昭和五一年一月三一日訴外会社との間で手形貸付等による信用取引契約を締結し、控訴人は右契約に基づき同日訴外会社に対し一〇〇〇万円の手形貸付をしたこと、控訴人と訴外会社との間の右信用取引契約によると、訴外会社が第三者から仮差押を受けた場合には右債務は弁済期のいかんを問わず直ちに期限の利益を喪失する旨の約定が存したこと、訴外会社は昭和五二年九月一六日ころ被控訴人から本件預託金返還請求権について仮差押を受け(仮差押の事実については当事者間に争いがない。)、同仮差押決定がそのころ第三債務者である控訴人に到達したこと」が認められ、これに反する証拠はなく、控訴人がその主張にかかる相殺の意思表示をなし、被控訴人に到達したことは当事者間に争いがない。

右事実によると、控訴人の訴外会社に対する手形貸金債権残額六八〇万円中の金一七八万円と訴外会社の控訴人に対する本件預託金返還請求権一七八万円とは右相殺の意思表示の到達と同時に対当額で消滅したものであり、結局被控訴人は本件転付にかかる債権を取得しなかつたことになつたといわなければならない。もつとも、控訴人が右相殺の意思表示をなした時点では、本件預託金返還請求権については銀行協会から被控訴人に対し提供金の返還がなされていないため、いまだ弁済期が到来していなかつたのであるが、相殺の意思表示をするに当つては、原則として受働債権の債務者は期限の利益を放棄してただちにこれをなしうるのであるから、右弁済期未到来の点は本件相殺の意思表示による右の効果を左右するものでないことはもちろんである。(なお、右相殺の意思表示の時点で控訴人が訴外会社に対して有していた貸金債権残額と、本件相殺の意思表示中に示されている自働債権との同一性は必ずしも証拠上詳かでないが、被控訴人において、前認定の貸金債権一〇〇〇万円の消滅原因についてなんら主張するところがないので、控訴人の主張に従い右貸金一〇〇〇万円中六八〇万円が残存していたものと解するほかはない。)

三被控訴人は、控訴人は相殺権の放棄をしたと主張するのでこの点につき検討する。

<証拠>によれば、被控訴人による本件預託金返還請求権の仮差押と同時に、執行裁判所から第三債務者たる控訴人に対してなされた陳述を求める催告に対してした控訴人の回答は、昭和五二年九月二〇日付で、まず、不動文字による回答書の金額空欄に記入する方法で「金一七八万円の限度でその債権の存在を認め、かつ、金一七八万円の限度で支払う意思がある。」旨の記載があり、次に「債権は認めない。その理由は次のとおりである。」の不動文字イないしホの欄が一括して斜線で抹消されており、右ニの欄の「債務者に対する反対債権金  円と相殺する。」旨の記載も抹消されていることが認められ、この認定に反する証拠はない。右認定したところによると、控訴人は執行裁判所に対し将来債務者たる訴外会社に対する反対債権との相殺をする意思がない旨陳述したものとみられなくもないが、右陳述は、民事訴訟法第七四八条、第六〇九条に基づき第三債務者が執行機関としての仮差押裁判所に対してするもので、事実の報告たる性質を有するにすぎないものであり、右陳述において、第三債務者が被差押債権の存在を認めて支払の意思を表明し、将来において相殺する意思がある旨を表明しなかつたとしても、これによつて債務者の承認あるいは抗弁権の喪失というような実体上の効果を生ずることはなく、その後第三債務者において当該債権につきこれを受働債権として相殺に供することの主張を妨げるものではない(最高裁判所昭和五五年五月一二日判決参照)から、右回答書の記載をもつて控訴人が相殺権を放棄したものとみるのは相当でない。

四次に被控訴人は控訴人が相殺による転付債権の消滅を主張するのは信義則に反すると主張するので考察する。

<証拠>を総合すると、「訴外会社は控訴人に対し、昭和五一年一〇月から翌五二年二月にかけて一八〇〇万円の定期預金債権(満期一年後)を有し、他に約六〇〇〇万の不動産を担保に供して、前記信用取引契約に基づく融資を控訴人から受けていたこと、本件預託金は、訴外会社が訴外ハマ・スチール株式会社に手形融資をするため振出した手形について、ハマ・スチール株式会社が約旨に反して右手形を他に(被控訴人に)裏書譲渡したため、訴外会社が控訴人を通じて銀行協会に預託したものであること、控訴人と訴外会社とは同会社の前記倒産まで正常な取引を継続していたこと、一般に控訴人が顧客に対し相殺権を行使するのは顧客が倒産したときのみであつて、相殺権の行使によつて顧客が倒産するような運営をしていないことが認められ、これに反する証拠はない。右認定の事情のもとにおいては、控訴人が執行裁判所に前記回答後訴外会社との間で双方の債権を相殺し、それによつて被控訴人が転付債権を喪失したからといつて控訴人の行為が信義則に反するものということはできない。

五予備的請求について判断する。

第三債務者である控訴人が執行裁判所の催告に対し、過失により虚偽の若しくは不完全な陳述をしたときは差押債権者である被控訴人が控訴人の陳述を信頼をしたことにより受けた損害につき賠償する責任を負わなければならないが、控訴人が前記内容の回答をした経緯は前説示のとおりであるから前記回答後その回答と抵触するような相殺権を行使したとしても直ちに控訴人に過失があつたものということはできない。よつて被控訴人の予備的請求も理由がない。

六それ故、被控訴人の各請求はいずれも失当であるところ、主位的請求を認容した原判決は不当であるからこれを取消したうえ右各請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(石川義夫 寺澤光子 原島克己)

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